ドリーン・バーチュー博士公認エンジェルセラピープラクティショナー(R)の千鶴が、天使からのメッセージをお届けします。エンジェルリーディングのセッション等については、私のHPをご覧ください♪


by lovingangelsnadia
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

私の仕事(2)

「そもそも世の中に霊体なんて存在するのか」、あるいは、
「サイキック(霊的)な力なんてあるのか」
という批判を考えてみた場合、私の個人的な意見としては
「どちらでもいいのではないでしょうか。」です。

こういった仕事をしているわりには、ひどくあいまいな返答で
大変申し訳ないのですが、いつもセッションやワークショップで
申し上げているように、スピリチュアルなことはとても個人的なことです。

いくら世間で赤色が流行っていたとしても、自分の着る服の色は
自分で決めます。
食べ物だって、住むところだってそうです。
誰かを愛したり、友達として付き合うのもそうです。
好みというものや、自分に関する選択は、誰でも自由で、
そして、それは常にとても個人的なものです。
そうでなくてはおかしいし、それは一番大切で、
すべての人において守られるべきものでしょう。

ですから、私がここで書いていることは、読んでくださる方が
何かを「感じて」くださればいいとだけ思ってやってることですので、
皆さんがご自分の中で「感じた」ことを大切になさって頂ければ
大変有り難いです。

またこのような事柄においても、個人の考え方、
そしてやり方は異なりますので、私の今ここで書いていることも
個人的な経験の範囲を超えるものではありません。
ただ、何らかのヒントになって、次へのステップにつながれば、と
思い書いています。
そして、私の文章がそうなれれば大変嬉しいですし、とても光栄です。

それでは、前回の続きにまいります。

光の存在達との連携プレーで可能になることがある、と書きました。
それでは「光の存在」とは何でしょうか。

昔おばあちゃんがいつも神棚に手を合わせていました。
お正月になると、(これは今でもですが)家のあちこちにしめ飾りをして祝いました。
昔の住宅には、土間にも囲炉裏にもかまどにも神様がいるとして
丁寧に扱ったり、感謝して暮らしていました。
また、そういった存在を困らせたり粗末に扱うと罰があたるとも
信じられてきました。
自然の中にも、日々の暮らしの中にも神々が宿っていたのです。

日が昇れば、太陽に手を合わせ、
日が落ちれば、月にもお供えをしていました。
目に映るものすべてに感謝して、さらに目に見えないものも
敬っていたのが日本人です。

そして、このブログを読んで頂いている方が大好きな天使たち。
聖書の中にも登場しますし、有名な西洋の絵画にもたくさん登場します。
また私たち東洋人にもなじみの深い観音さまや菩薩も、東洋の天使
として考えられています。

またそれぞれの方が、それぞれのイメージを思い浮かべながら
口にする「神様」という言葉。
それは人によっては「宇宙」だったり「創造の源」であるかもしれません。

このようにして、私たちは常になんらかの形で、いわゆる光の存在を
感じながら生活していると言ってもいいでしょう。
特に日本人は古来からそれが強かったかもしれませんね。

つまり、私達の周りには、そういった光の存在がいるということは
実はごく当たり前のことであって、なんら不自然なことでも、特殊なことでも
ないはずだったのです。

ところが、いつの間にか「スピリチュアル」と言うと、特別なことなのだと
思われるようになってしまいました。
何かが取り上げられると同時にカテゴライズされていくと
そうなってしまうのは避けられない運命なのかもしれませんが・・・
特にスピリチュアルなことは、目には見えない世界のことですから。

そしてもうひとつ。
私達の住む世界には宗教というものがあります。
この宗教によっても考え方が変わってくるということも大きな理由でしょう。

しかしここで、改めてお伝えしたいのは、
スピリチュアルなことはとても個人的なことである、ということです。
それをベースにして、また話を続けさせてください。

自分のところに来た、何らかの存在の何らかのリクエストに対して
聞き入れるのか、あるいは聞くことをしないのか、
応えるのか、応えないのかを区別しつつ、
選択することが重要と前回述べました。
そしてそれには、光の存在との連携プレーが必要であると。

連携プレーに大切なのは「信頼」です。
信用できない人と仕事をするのはとても困難なことです。
無理してやればできないことはないですが、デリケートなことに関しては
それは無謀と言うべきでしょう。

そして、こと私がいまお伝えしているような事柄については
信用できない存在との連携プレーは不可能ですし、非常に危険です。

では「信頼」とはどこからくるものなのでしょう。
相手の存在をよく知って、理解して、さらに好きになれたら
もう言うことはありませんね。
でも、それでも信頼できない場合もあるかもしれません。
それは自分の心の中に巣くっている恐怖のせいかもしれません。
すべてを知ることは不可能ですが、ひとはすべてを知りたがります。
それに光の存在達は、私たちがいわゆる論理的に納得できるような
信頼に足る理由をなかなか提供してはくれません。
何しろ「見えない」存在なのですから。

つまり、光の存在に関して言うならば、彼(彼女)たちとの信頼関係に
おいて、私たちは自分自身の感覚を信じることでしか、
強いパイプは作れないのです。
私たちがいかに自分を信じられるか、自分自身の感覚に素直で正直で
いられるかということになるのです。

物事は時に、とても単純にシンプルに考えることが大切です。
そこで最初の話に戻ってみましょう。

私たちは昔から、そして小さい頃からずっと、なにかしらの見えない存在に
手を合わせたり、希望を叶えてくれるように祈ったりしながら生きてきました。
誰かに教えられたのかもしれませんし、自分で感じたからかもしれません。

始りは何だったのかわかりませんが、とにかくそうしてきたのです。
そして、私達の先輩たちもそうしてきました。
それが文化を作ってきたし、繁栄のきっかけにもなってきました。
私達の生活を様々な面で豊かにしてくれていたのです。

ならば、それが何であろうとも、「信じること」から始めてみたらいかがでしょうか。

つまりとてもシンプルな答えです。
とにかく、自分にとって良いものは信じる、受け入れてみる、ということです。

これは、私がレッスンやワークショップで常に申し上げていることでもあるのですが
「普通の生活を大切にする」ということに、とても深く関係しています。

そして、この辺りのことも含めて、次回に続けます。
[PR]
by lovingangelsnadia | 2009-01-05 16:56 | エンジェルセラピー